札幌高等裁判所 昭和26年(う)728号・昭26年(う)729号 判決
被害人
今野喜八
外一名
〔抄録〕
弁護人の控訴趣意第一点について
記録により調査すると本件は訴因たる事実として「(前略)木下一雄に対して左側打撲性睾丸炎による睾丸摘出を要する傷害を与えた。」とあるが原審は訴因変更の手続をしないでこれを「木下一雄に対し加療一月を要する左側打撲性睾丸炎を与えた。」と認定していること明らかであるが両事実は其の他の部分に於ては全く同一で差異は右の如く傷害の程度だけのことである。然るところ刑事訴訟法第三百七十八条第三号に所謂「審判の請求を受けた事件」とは公訴提起の効力及び判決の既判力が及ぶ範囲即ち同一公訴事実と解すべきであるからたとえ判決に於て起訴の訴因たる事実の一部につき異なる認定をしたとしてもそれが公訴事実の同一性を害するものでない以上「審判の請求を受けた事件」について判決したもので「審判の請求を受けない事件」について判決したとは言えないこれを傷害罪についていえば本件の如く睾丸摘出を要する左側打撲性睾丸炎であるか加療一月を要する左側打撲性睾丸炎であるかという傷害の程度についてのみのかかる多少の差異は公訴事実の同一性を害するものではないから原判決は審判の請求を受けない事件について判決したという非難は当らない。又傷害の程度につき「加療一月を要する」という事実は「睾丸摘出を要する」といふ事実に比し量刑上はむしろ軽く処断せられるべき事柄でこの程度の差異は訴因たる事実の同一性をも害するものではないから本件は訴因変更の手続を要する場合には該当しない従つて原審が訴因変更の手続をしなかつたことを非難する論旨も採用出来ない。
控訴趣意第二点について
検察官が証拠調の請求をした所論医師の診断書は鑑定書に準じ、刑事訴訟法第三百二十一条末項による証拠書類と解すべきであるから被告人の同意がなければ作成者(供述者)が公判期日に於て真正に作成されたことを証言しなければ証拠能力のないものであることは同法第三百二十六条第一項、第三百二十一条末項、第三項の規定に照し明白なところである。然るに原審第一回公判調書の記載によると原審弁護人は右診断書を証拠とすることに同意しなかつたこと及び供述者である作成者医師戸沢賢治が公判期日に於て真正に作成されたことを供述していないことが認められるからこれは証拠能力のない書類である。ところが原審裁判官はその証拠調を施行し且つ証拠排除の決定もしないで弁論を終結したのであるからそれは訴訟手続上法令に違反するものではあるけれども該診断書は事実認定の証拠に援用していないからこの法令違反は判決に影響を及ぼさないので原判決破棄の理由とならない。